コラム

2022/10/03

スポーツ指導の場におけるパワーハラスメント⑷

 近年、運動部において指導者からの暴力や叱責が原因で生徒が自殺した事件や、プロスポーツの指導者が選手へのパワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)を理由に解任された事件など、スポーツ界の指導者によるパワハラ事件がメディア等で多く取り上げられています。

 「スポーツ指導の場におけるパワーハラスメント⑴」では、スポーツ界の指導者の行う行為のうち、いかなる行為が選手に対するパワハラにあたるのかを解説いたしました。

 「スポーツ指導の場におけるパワーハラスメント⑵」では、選手が指導者によるパワハラを受けた場合の対応策について、解説いたしました。

 また、「スポーツ指導の場におけるパワーハラスメント⑶」では、特に、学校の部活動等において、指導者が生徒に対して、体罰や暴力といった有形力の行使に至った場合の法的責任について、解説いたしました。

 本コラムでは、スポーツ指導の場におけるパワーハラスメントに関し、裁判例、日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例、第三者委員会の調査事例を紹介いたします。

裁判例

 スポーツ指導の場においてパワーハラスメントが行われた場合、刑事責任を追求される可能性があります。具体的には、侮辱、暴行、脅迫、名誉毀損、強要、傷害等の罪が考えられます。

 また、スポーツ指導の場においてパワーハラスメントが行われた場合、民事責任を追及される可能性もあります。具体的には、損害賠償責任の事案が多くなります。

この点、被害者からの主な法律構成としては、以下の3パターンが考えられます。

  • 加害者やその管理者(学校、団体や組織)に対する不法行為責任や使用者責任の追及
  • 選手との契約関係がある場合には、安全配慮義務違反としての債務不履行責任の追及
  • 加害者が公立学校などの教員である場合には、国家賠償法に基づく損害賠償責任の追及

 以下では、スポーツ指導の場におけるパワーハラスメントに関し、裁判例の判断基準と判断のポイントについて、紹介します。

刑事責任の裁判例(岡山地裁倉敷支部平成19年3月23日判決)

 この事例は、私立高校の野球部監督であった被告人が、合計5名の野球部員に、懲戒のために体罰に該当する暴行を加え、また、野球部員11名にそれぞれ全裸の状態でのランニングを強要したという暴行及び強要の事案について、懲役1年6月(執行猶予3年)を処せられたものになります。

 この点、判決は、本件暴行の動機、経緯を考慮し、被告人の内心では、教育上の必要を認めて懲戒に及び、その対象の部員も、従来から不祥事を頻発させたり、生活態度が悪く、口頭での注意を聞き入れない状況があったと認定しつつも、その場で投げ飛ばしたり、顔面を手拳で5、6回殴打するなどの暴行は、体罰であることが明らかであり、被害生徒に対して不当に罰せられた感覚を植え付けると判断しました。

 また、全裸の状態で屋外をランニングさせる行為は、生徒に嫌悪感を覚えさせ、その尊厳をいたずらに軽んじるものであって、裸体を周囲にさらす迷惑行為を生徒に強いるもので望ましいことではない等と認定し、直接の明示的な脅迫によるものではないが、従前からの暴行等により畏怖する生徒らを暗に脅迫し、強制したというべきであって、その犯情は決して軽いものではないと判断しました。

民事責任の裁判例(前橋地判平成24年2月17日判決)

 この事例は、原告Xが、県立高校に在学中、所属していた女子バレー部の顧問である被告Y1から竹刀で叩く等の暴行を受ける等し、強い精神的苦痛を被ったと主張して、被告Y1に対し、民法709条に基づき、被告県(Y2)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を請求した事案について、慰謝料130万円の限度で、原告の被告県(Y2)に対する請求のみ認容したものになります。

 この点、判決は、被告Y1の暴行は、懲戒としてではなく、気合を入れるため等の目的で、本件バレー部の部活指導の一環として行われたものであると認定したうえで、気合を入れる、緊張感をもたせる等の気持ちで、部活指導の一環として行ったものであっても、違法な有形力の行使である暴行に該当すると判断しました。

 また、慰謝料額の判断にあたっては、原告が、中学校在学中から、ジュニアオリンピック群馬県代表選手などに選出されるほどのバレーの実力を有していたにもかかわらず、本件暴行も一因となって、本件バレー部からの退学を決意したこと、被告Y1が、原告宅に赴き、本件暴行等について謝罪し、本件バレー部部員の保護者等に対し、経緯を説明し、本件暴行について相応の対応をしていること等が考慮され、最終的に、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、130万円が相当であると判断されました。

日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例

日本スポーツ仲裁機構とは

 スポーツの争いは裁判所による紛争解決に馴染まない場合が多いです。「スポーツ仲裁規則」による仲裁は手続が簡単で、スポーツ法・ルールに精通した専門家による廉価で迅速な解決を図ることができます。また、審議手続は非公開で行われ、秘密も守られます。この「スポーツ仲裁規則」による仲裁は、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)、公益財団法人日本体育協会、公益財団法人日本障がい者スポーツ協会、各都道府県体育協会及びその加盟もしくは準加盟又は傘下の団体を対象とした制度です。この制度は、競技者と競技団体とが敵対し合うのではなく、あくまでも争いを円滑・円満に解決することをその目的としており、アスリートだけではなく、仲裁の相手方となる競技団体にとっても有用な制度となっています。

日本スポーツ仲裁機構の判断

 日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例として、ある大学の柔道部で起きた傷害事件に対する処分の仲裁を求めたものがあります。

 この事例は、申立人であるA大学の柔道部の部長(指導者)が、同柔道部の上級生を呼び出し、暴力的指導を容認するかのような指導方法を指示したところ、これを受けた上級生が、下級生に対して、殴る蹴る等の暴行を加えて加療1か月を要する顎部骨折の傷害を負わせる事件が生じたとして、被申立人である全日本柔道連盟が、申立人である部長(指導者)に対して、1年間の会員登録停止等の処分を行いました。

 これに対して、申立人は、処分が誤った事実関係を前提とするなど不相当に過大な制裁を課すものであるから著しく合理性を欠くこと等を理由として、本件処分の取消しを公益財団法人日本スポーツ仲裁機構に求めたものです。

 日本スポーツ仲裁機構は、処分の相当性について、本件処分における全日本柔道連盟の事実認定につき、証拠が揺るぎないとまではいえなくとも、それほどの不合理さはないと認められるとしたうえで、申立人の発言とその後の上級生による下級生に対する暴力の発生等、必要な監督が行われなかったことにより発生していた柔道部内の暴力という結果の重大性からすれば、本件処分が社会通念上著しく合理性を欠くとまではいえないと判断しました。

 そして、柔道部部長の請求を棄却し、本件処分を維持しました。

第三者委員会の調査事例

第三者委員会とは

 第三者委員会は、法令によって設置が義務付けられているものではなく、企業や団体が任意に設置しているものです。第三者委員会の運営や権限に関しても法令に定めがあるわけではなく、第三者委員会は調査等について強制的な権限を持っていません。

 何らかの不祥事が起きた際に、自身による調査では社会的信用を取り戻すのが困難と考えられるケースにおいて、弁護士や会計士などの専門家を集め、第三者委員会が設置されます。

 近年は、企業だけでなく、学校におけるいじめ問題やスポーツ競技団体におけるパワハラ問題等においても、第三者委員会が活用されています。

第三者委員会の判断

 第三者委員会の調査事例として、Jリーグのクラブチームの当時の監督による暴言・暴力行為があったとされる事案に関し、事実関係の解明及び認定された事実の検討・評価と、チームとしての対応の検討・評価のために日本サッカー協会が第三者委員会に調査を委任したものがあります。

 第三者委員会は、選手・スタッフ、さらにはチームの会長、社長を含むクラブ関係者に対しヒアリングを実施し、ヒアリング対象者から提出された映像を含む各種資料の分析・検証の結果、以下のとおり判断しました。

 監督は、選手やチームスタッフに対し、暴力行為を含むパワーハラスメント行為を繰り返していたことが認められる。その結果、多数のチーム関係者が深刻な精神的ダメージを受けていることからすれば、クラブのリソースやサポートが必ずしも十分とはいえない環境下で、監督が多大な責任を背負い、強いストレスのもとでチームの指揮監督を担っていたこと、監督の厳しい指導のお陰で成長したと感じている選手がいること等を踏まえたとしても、こうした言動は到底許容されるものではない。
 また、クラブとしての対応について、監督による一連の問題行為は、選手のプレー環境やスタッフの就業環境に関わるクラブ内部の問題であるとともに、クラブの信頼・信用に直結する問題であり、リーグではなく、クラブ自身(あるいはクラブが起用する外部専門家等)で必要な調査を実施して事実を把握し、その原因究明、再発防止、適切な処分を行うことで、クラブの自浄能力を示すべきであった。しかし、クラブ上層部は、監督の暴力行為を含む悪質なパワーハラスメントに関する訴えや報道があることを知りながら、それに正面から向き合うことなく、必要十分な調査を行わなかった。

まとめ

 今回は、スポーツ指導の場におけるパワーハラスメントに関し、裁判例、日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例、第三者委員会の調査事例について紹介しました。

 これらの事例からもわかるとおり、指導者による暴力的指導やパワーハラスメントは決して許されるものではありません。

 スポーツ界の健全な発展のためには、当該団体(部活動、クラブチーム等)の指導者、関係者等において、指導方法がパワーハラスメントに該当していないかどうかを改めて確認する必要があります。また、選手、保護者等においても、パワーハラスメント行為を容認してはいけません。

 問題や疑問に思っていることがあれば、ぜひご相談ください。

弁護士 有本 圭佑

所属
大阪弁護士会

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