コラム

2023/02/09

事業承継における民事信託:遺言代用信託(信託法90条1項)の活用事例

 子どもなどの親族へ会社を継がせるには、先代経営者から後継者へ会社株式や事業用財産を受け継がせなければなりません。

 株式等を後継者へ継がせる方法としては「遺言」や「生前贈与」などのいくつか手段がありますが、それぞれに一長一短があります。

 今回は民事信託を遺言代わりに使える「遺言代用信託」について解説します。

遺言代用信託とは

 遺言代用信託とは「民事信託」を遺言書代わりに利用する方法で、信託法90条に根拠規定があります。委託者が死亡したときの「受益者」を指定しておくことにより、信託受益権を後継者や特定の相続人などへ受け継がせる方法です。

 遺言と違い、民事信託は要式行為ではありません。たとえば自筆証書遺言には、「無効」になったり、発見されなかったりするリスクがありますが、遺言代用信託ではそういったリスクは大きく低減されます。事案に応じて柔軟に対応できるのも遺言代用信託のメリットの1つです。

遺言代用信託の2類型

 遺言代用信託には以下の2種類の類型に分けられます。

  • 委託者の死亡時に指定した人へ受益権を取得させる類型(信託法90条1項1号)
    信託契約の設定当初は委託者を受益者とし、委託者兼受益者の死亡とともに次の受益者へ受益権を移す方法です。
  • 委託者の死亡時以後、受益者が信託財産にかかる給付を受けられる類型(信託法90条1項2号)
    信託契約の設定当初から委託者と異なる受益者を設定しておき、委託者の死亡後に受益者が信託財産からの給付を受け始める方法です。

遺言代用信託の事業承継への活用事例

 遺言代用信託を事業承継に活用する場合、どのように委託者や受益者等設定すればよいのでしょうか。

 具体例をもとにみていきましょう。

事例の概要

 Y氏(68歳)は会社経営者で、長男に会社を継がせたいと考えていました。

 ご長男は43歳、会社の役員としての経験もありました。

 ただY氏としては、すぐに引退するのは不本意だったこともあり、体力と気力の持つ限り自分が経営に携わりたいとのお考えでした。

 またY氏には後継者であるご長男以外にご長女があり、将来発生する遺留分についても検討する必要がありました。

民事信託の設定

以下の内容の信託契約を締結することが考えられます。

  • 委託者…Y氏
  • 受託者…ご長男
  • 受益者…当初はY氏、Y氏の死亡後はご長男とご長女
  • 信託財産…会社株式

 上記のようにすると、信託財産である株式の当初受益者がY氏なので、Y氏の存命時はY氏が株式による配当金受領などの利益を受けられます。その間に社外や社内に事業承継を周知して、徐々にご長男へと実質的な経営権を移していけばよいでしょう。

 Y氏の死亡後には経営権に直結する部分の受益権が後継者であるご長男に移り、ご長男が会社経営を続けていけます。

 また遺言代用信託では、受益権を分割できます。

 Y氏の死亡後の受益権を後継者であるご長男とご長女に分割承継させ、ご長女には経済的な利益の受益権のみを取得させれば、ご長男がご長女から遺留分侵害額請求をされるおそれもありません。

 このように対応すれば遺言や生前贈与を利用しなくても、遺言代用信託によってスムーズな事業承継が可能となります。

事業承継に遺言代用信託を利用するメリット

 事業承継に遺言代用信託を利用するメリットは以下のとおりです。

経営に空白期間が生じない

 遺言や通常の相続によって株式や事業用財産を移転すると、相続発生後に名義変更などの手続きが必要になり、経営権の引継ぎに時間がかかる可能性があります。

 遺言代用信託の場合には、前経営者の生前から引き続いて後継者が経営に携わることができるので、経営に空白期間を生じさせないことが可能となります。

委託者が受益者を変更できる

 遺言代用信託を利用すると、委託者(前経営者)は契約に別途定めない限り、自由に受益者を変更できます。

 後継者が不適任と判断したときには別の後継者を定めて受益者とすれば、わざわざ遺言を書き直したり信託契約を締結し直したりする必要がありません。

受益権を分割できる

 遺言代用信託を利用すると、受益権を分割して複数の受益者を設定できます。

 たとえば、長男にすべての受益権を取得させると、ご長女の遺留分を侵害してしまう可能性があります。

 そこで受益権を経営に直結する元本部分と経済的利益を得るための収益部分に分け、それぞれご長男とご長女に分割承継させることによって遺留分トラブルを防止する措置をとることができます。

事業承継以外にも使える遺言代用信託

 遺言代用信託は、事業承継以外の場面にも応用できます。

 たとえば障害のあるお子さまがおられるご家庭では、ご両親亡きあとのお子さまの生活が心配になるものですが、以下のように遺言代用信託を適用できます。

  • 委託者…親
  • 受託者…障害のあるお子さま以外の親族
  • 受益者…当初は親、親の死後は障害のあるお子さま

 このように遺言代用信託を設定しておけば、ご両親がお亡くなりになった後のお子さまの生活が守られます。

 遺言代用信託は事業承継における非常に有益な方法の一つとなります。関心をお持ちの方はお気軽にご相談下さい。

弁護士 小西 憲太郎

所属
大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人MACA信託研究会 代表理事
一般社団法人財産管理アシストセンター 代表理事
一般社団法人スモールM&A協会 理事

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