コラム

2022/10/24

解雇権濫用の法理とは

 労働者にとって解雇とは、生活基盤を失うという点において非常に重大な問題です。

 民法第627条第1項は、期間の定めのない雇用契約について、「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」と規定しており、労働者からの辞職(退職)の自由と使用者の解雇の自由の両方を定めていますが、解雇については、労働者の保護の観点から、労働契約法上、一定の制約が課されています。

 本コラムでは「解雇権濫用の法理」について解説いたします。
 

解雇権濫用の法理とは

 「解雇権濫用の法理」とは、使用者が労働者を解雇するには、

  1. 解雇に客観的に合理的な理由があること
  2. 解雇が社会通念上相当であること

の2つの要件を満たさなければ、解雇権の濫用として、解雇を無効とする、というものです。

労働契約法上の規定(労働契約法第16条)

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働契約法第16条

 上記のように労働契約法第16条により、「解雇権濫用の法理」は明文化されております。明文化に至るまでには、後述する日本食塩製造事件や高知放送事件があり、それらの判例を経て、解雇権濫用の理論が確立されました。その後、平成15年の労働基準法改正により解雇権濫用が条文化されました。さらに平成19年に労働契約法が制定されることとなり、労働基準法から労働契約法に移されました。

客観的に合理的な理由とは

 客観的に合理的な理由とは、以下のようなものが該当します(ただし、一定の制限があります。)。

  1. 傷病等による労働能力の喪失・低下
  2. 労働者の能力不足、適格性の欠如・喪失
  3. 労働者の義務違反、規律違反等の非違行為
  4. 使用者の業績悪化等の経営上の理由(整理解雇)
  5. ユニオンショップ協定に基づく解雇

 なお、上記に該当する場合であっても、「社会通念上の相当性」がなければ、解雇は無効となるため、その点、注意が必要です。

 「社会通念上の相当性」の判断は、当該労働者の情状や過去の処分歴、他の労働者の処分との均衡が図られているか、解雇事由の内容及びその程度に対して厳しすぎないか等の事情を踏まえ、解雇という処分に十分な妥当性が認められるか否かといった観点からなされます。

過去の裁判例

日本食塩製造事件(最高裁判所第二小法廷昭和50年4月25日判決)

事案

 会社と労働組合の間で「会社は、組合を脱退し、または除名されたものを解雇する」旨のユニオン・ショップ条項を含む労働協約が締結されていたところ、労働組合から実質的な除名処分となる離籍処分を受けた従業員に対して、会社がユニオン・ショップ条項に基づいて解雇した事案です。

 解雇された従業員は、離籍処分は無効であり、したがって解雇も無効である等として、従業員としての地位の確認と賃金支払請求の訴えを提起しました。

 一審は従業員の請求を認容、二審は従業員の請求を棄却し、従業員が上告しました。

判決の概要

 使用者が解雇権を行使する場合、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当であるとの考えを示しました。

 その上で、今回の事案の場合、労働組合から除名された従業員に対してユニオン・ショップ協定に基づく労働組合に対する義務の履行として会社が行う解雇は、ユニオン・ショップ協定によって会社に解雇義務が発生している場合にかぎり、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、当該除名が無効な場合には、会社に解雇義務が生じないから、かかる場合には、客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がないかぎり、解雇権の濫用として無効であるといわなければならないと判断しました。

 結果として、本件解雇を有効とした二審判決を破棄し、差し戻しました。

高知放送事件(最高裁判所第二小法廷昭和52年1月31日判決)

事案

 アナウンサーとして勤務していた従業員が、宿直勤務の際に寝過ごしたため、担当する10分間の定時ラジオニュースを放送できず、また、その2週間後に、再び寝過ごし、ラジオニュースを約5分間放送できなかった上、当該従業員は2度目の事故について当初上司に報告せず、後に報告書の提出を求められた際に、事実と異なる報告書を提出したという事案です。

 会社は、従業員の行為は就業規則に定める懲戒解雇の事由に該当すると判断しましたが、再就職など従業員の将来を考慮して普通解雇としました。

 これに対し、従業員は、会社による解雇権の濫用を主張して、従業員としての地位確認等の請求を行いました。

 一審、二審のいずれも従業員側の請求を認めて会社側の解雇を無効とする判決を下し、会社側が上告しました。

判決の概要

 裁判所は、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるとの考えを示しました。

 その上で、今回の事案において、従業員の起こした放送事故は定時放送を使命とする会社の対外的信用を著しく失墜させるものであり、二度目の放送事故後に事後報告を怠るなど、従業員側の過失を認めました。

 その一方で

  • 事故は従業員の過失によるものであって、悪意ないし故意によるものではないこと
  • 当該従業員を起こす役割を担っていた担当者もまた寝過しており、当該従業員のみを責めるのは酷であること
  • 従業員は一度目の事故後は直ちに謝罪し、二度目の事故の際は、起床後一刻も早くスタジオに入るべく努力したこと
  • 従業員の寝過ごしによる放送の空白時間がさほど長時間とは言えないこと
  • 会社が早朝のニュース放送に備えて万全を期すべき措置を講じていなかったこと
  • 事実と異なる報告書を提出した点についても、従業員の誤解があることなど、強く責めることはできないこと
  • 従業員の平素の勤務成績も別段悪くないこと
  • 一緒に寝過した担当者はけん責処分という軽い処分に処せられたにすぎないこと
  • 会社において過去に放送事故を理由に解雇された事例がなかったこと
  • 従業員は二度目の事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること

などを理由に、従業員を解雇することは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠き、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないとし、本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効であるとの判断を示しました。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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