コラム

2021/11/11

交通事故による損害額の算定⑦ 〜損益相殺〜

 損益相殺とは、被害者、またはその相続人が事故よって損害を受けながら、他方において、当該事故により何らかの利益を得た場合、この利益を損害額から控除して賠償額を算定することをいいます。
 損益相殺を行う理由は、事故により損害を負ったとしても、損害の填補を受けているのであれば、それ以上に被害者が損害賠償を受けて二重に利得するのは不公平だからです。
 ただ、被害者のあらゆる利益が損益相殺の対象になるわけではなく、種々の観点からの判断が必要となります。

控除の対象となる給付

 給付により損害のてん補がされたとして損害額から給付額が控除されるか否かは、当該給付が損害のてん補を目的としているものであるかによって決められます。

任意保険金

 任意保険金の支払は加害者の支払と同視できるため、控除の対象となります。

自賠責保険金

 自賠責保険金は、損害のてん補を目的としたものであり、控除の対象となります。もっとも、人身損害部分に限られ、物的損害はてん補されません。また、労災保険とは異なって損害費目による拘束はなく、人身損害額全体から自賠責保険金を控除します。

政府の自動車損害賠償保障事業てん補金(自賠法72条1項)

 政府の自動車損害賠償保障事業は、自賠責保険金を補充するものであり、自賠責保険金と同様の性質を有します。

各種社会保険給付

 各種社会保険給付が控除の対象になるかは、当該給付制度の趣旨・目的、代位規定の有無、社会保険の費用の負担者、被害者の二重取りの有無等の観点から決めることになります。

労働者災害補償保険(労災保険)給付

 控除の対象となる労災保険給付には、①療養補償給付(療養給付)、②休業補償給付(休業給付)、③障害補償給付(障害給付)、④遺族補償給付(遺族給付)、⑤葬祭料(葬祭給付)、⑥傷病補償年金(傷病年金)、⑦介護補償給付(介護給付)の7種類があります。

*上記各給付は、損害費目による拘束があり、保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致する関係にあるものに限り、損害から控除されます。
 例えば、被害者に4割の過失がある事案で、治療費として200万円を要し、労災保険から療養補償給付として全額の支払がされていた場合、治療費のうち80万円は加害者が支払う必要はなく、被害者が負担します。しかし、療養補償給付は、休業損害等の消極損害や慰謝料とは趣旨目的が同一とはいえないので、支払済みの療養補償給付80万円をこれらの損害額から控除することはできません。
 労災保険給付と損害のてん補関係については、療養補償給付(療養給付)が治療費をてん補することは明らかですが、入院雑費、通院交通費、付添介護費等の積極損害をてん補するかは争いがあります。休業補償給付(休業給付)、障害補償給付(障害給付)、遺族補償給付(遺族給付)、傷病補償年金(傷病年金)は休業損害及び逸失利益を、葬祭料(葬祭給付)は葬儀関係費用を、介護補償給付(介護給付)は介護費用をてん補すると考えられます。

遺族年金の給付

 被害者の遺族が被害者の死亡を原因として遺族年金を受給することになった場合、遺族年金は控除の対象となります。しかし、この場合、逸失利益からのみ控除され、他の財産的損害や精神的損害との間で控除することはできません。なお、遺族年金については、被害者が支給を受けるべき障害年金等の逸失利益だけでなく、給与収入等を含めた逸失利益全般との関係で控除すべきです。

健康保険法等における療養の給付

 健康保険法、国民健康保険法における療養の給付(健康保険法63条、国民健康保険法36条)は、労災保険の療養補償給付と同様、控除の対象となります。

被保険者の疾病又は負傷に関しては、次に掲げる療養の給付を行う。
一  診察
二  薬剤又は治療材料の支給
三  処置、手術その他の治療
四  居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
五  病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護

健康保険法第63条1項

生活保護法による扶助費

 控除の対象にならないと解されています。損害賠償金の支払を受けた被害者が、生活保護法63条に基づく費用返還義務を負うことになります。

被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

生活保護法63条

介護保険法による給付

 既に給付された介護保険給付は控除の対象となりますが、将来受給できる介護保険給付は控除を否定する裁判例が多いです。

各種保険金

 損害保険については、保険金を支払った保険者は、保険法25条や約款の規定により、支払った保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を取得する結果、支払われた保険金の額につき被害者の損害額から控除されます。生命保険については控除の対象にならないと解されています。

 以下、具体的に説明します。

生命保険金

 生命保険金は、既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、不法行為の原因と関係なく支払われるものであり、代位制度もないので、控除の対象とはなりません。

*代位
一定の理由に基づいて他人の権利を行使することをいいます。

搭乗者傷害保険金

 搭乗者傷害保険(被保険自動車に搭乗中の者を被保険者として、被保険者が事故により死亡又は傷害を被った場合に支払われるもの)は、控除の対象となりません。ただし、加害者側が保険料を支出している搭乗者傷害保険金が支払われた場合には、それを慰謝料で斟酌する裁判例も多数存在します。

所得補償保険金

 所得補償保険(被保険者が傷害又は疾病のために就業不能となった場合に、被保険者が喪失した所得を補てんすることを目的としたもの)は、保険事故により被った実際の損害を保険証券記載の金額を限度として、てん補すること目的とした損害保険の一種というべきですので、控除の対象となります。

租税・養育費

 租税額は控除しません。
 年少者が死亡した場合において、就労可能年齢に達するまで要したであろう養育費は控除しません。

香典・見舞金

 被害者の遺族が受領した香典は、損害をてん補する性質を有しませんので、控除の対象となりません。
加害者が被害者に交付した見舞金は、損害のてん補とならないのが原則です。もっとも、多額のものは損害のてん補と解されるので、控除の対象となります。

過失相殺との先後関係

 給付により損害のてん補がされたとして損害額から給付額が控除されるのは、当該給付が損害のてん補を目的としているものであるかによって決められます。

任意保険金・自賠責保険金・政府の自動車損害賠償保障事業によるてん補金

 任意保険金・自賠責保険金・政府の自動車損害賠償保障事業によるてん補金について、過失相殺をした後に控除することにつき争いはありません。

労災保険金

 労災保険金は、過失相殺をした後に残額から控除します。

健康保険法等による給付

 健康保険法、国民健康保険法による給付については、過失相殺前に被害者の損害額から控除するのが実務の大勢でしたが、最判平成17年6月2日が出された後において、見解が分かれています。
 もっとも最判平成17年6月2日は、自賠法の解釈の問題に限定して判断を示しており、健康保険法等による給付の控除と過失相殺との先後関係一般につき判示したものではないと解され、この点についての最高裁の見解は示されていないものと考えられています。

控除すべき期間

 給付金を損害額から控除する場合において、現実に履行された場合又はこれと同視しうる程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限って控除の対象となります。例えば、年金については、口頭弁論終結時において支給額が確定している分までということになります。

*口頭弁論終結時
本案審理が終結する時点をいいます。

控除されるべき人

 損害額から給付金を控除する場合、各種給付の受給権者についてのみ、その者の損害額から控除します。

小西法律事務所

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