コラム

2025/02/03

競業避止義務

 労働者が、使用者と競業する事業を開始したり、競合他社に転職してしまうことは珍しいことではありません。

 しかし、その結果として、使用者側の会社に損害が生じるといった事態が発生することがあります。

 そこで、労働者に対して競業行為を禁止したり、競業行為が行われた場合には何らかの対応を検討する使用者もいらっしゃるでしょう。

 本コラムでは、競業避止義務について解説いたします。

競業避止義務と職業選択の自由

競業避止義務とは

 競業避止義務とは、労働者が使用者と競合する事業を営む会社に就職したり、自ら競業する事業を営まない義務をいいます。

 具体的には、以下のような行為を禁止します。

  • 在職中に業務上知り得た情報を競業他社に流出させる行為
  • 退職した後に競業関係にある他社に再就職する行為
  • 単なる勧誘の域を超えて他の従業員を引き抜く行為
  • 競業企業を自分で新たに設立する行為

 競業避止義務は、競合他社へ自社の秘密情報や戦略的な情報などの流出を防ぐ目的があり、企業の利益を保護するために欠かせません。

 一方で、競業行為に対する制約は、憲法で保障された職業選択の自由に対する制約となるため、無制限に許されるものではありません。

在職中の競業避止義務

 労働者は、在職中には労働契約における信義誠実の原則(労働契約法3条4項)に基づく付随義務として、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があるとされています。

労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

(労働契約法3条4項)

 就業規則によって在職中の競業避止義務が定められている場合も多く、在職中から競業会社の設立準備や他の従業員の引き抜き行為を行うなど、使用者の利益を著しく損ねる悪質な行為は、競業避止義務違反として懲戒処分や損害賠償請求の対象となり得ます。

 なお、取締役については会社法の定めにより、株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)の承認なく、会社と競業する事業をすることが禁止されています(会社法356条1項、365条1項)。

退職後の競業避止義務

 労働者の転職によって、重要な営業秘密や機密情報などを競合他社に利用されることを防ぐために、企業が労働者に対し、在職中はもちろん退職後も「競業避止義務」を求めることがあります。

 一方で、退職後の労働者には職業選択の自由が保障されているため、原則として競業避止義務を負うことはありません。そのため、退職後の労働者の競業を禁止するには、事前に競業避止義務に関する契約などを締結しておくことが必要となります。

競業避止義務契約の有効性

 労働者の競業避止義務については、一般的には就業規則や労働契約で定めることが多いところ、その有効性が認められるためには、退職後を含めて労働者の職業選択の自由を過度に制限しないよう配慮することを前提として、必要かつ合理的な範囲で定められている必要があります。

 競業避止義務契約の有効性については、以下の基準に照らして総合的に判断されます。

  1. 競業行為を禁止する目的・必要性
  2. 労働者の退職前の地位・業務
  3. 競業を禁止する業務の範囲
  4. 競業を禁止する期間
  5. 競業を禁止する地域
  6. 代償措置の有無

①競業行為を禁止する目的・必要性

 労働者の職業選択の自由の重要性に鑑み、競業禁止規定によって労働者の権利に制約をかけるには、それに相応する使用者側の正当な理由が必要となります。

 つまり、使用者側に保護に値する正当な利益が存在し、その利益の保護が競業避止義務の目的となっていることが必要となります。

 使用者の保護に値する正当な利益としては、「営業上の秘密」や「ノウハウ」、「顧客情報」、「従業員の確保」などが考えられます。

②労働者の地位・業務

 競業避止義務を課すことができる労働者は、競業によって使用者の正当な利益を害する可能性がある地位、業務に就いていた者に限られます。

 地位とは、形式的な特定の地位を指すのではなく、使用者の正当な利益を保護するために競業避止義務を課すことが必要な労働者であったかどうかという観点からみた実質的な地位を意味します。

 例えば、営業秘密に接する地位であったか、顧客等との人的関係を築く業務を担当していたかなどが考慮されます。

 このような地位・業務の労働者との間では、競業避止義務契約の必要性も高いと判断される可能性があります。

③競業を禁止する業務の範囲

 競業を禁止する業務の範囲は、使用者側の守るべき利益との関係で合理性のある範囲に限られます。

 そのため、一般的抽象的に競業他社への就職を禁止するなど、競業禁止の業務の範囲が広範にすぎる場合には、合理性が認められない傾向にあります。

④競業を禁止する期間

 競業避止義務が課される期間が短ければ、職業選択の自由に対する制約も少ないと言えます。そのため、競業が禁止される期間が短いほど、契約が有効と解される可能性も高まります。

 ケースにもよりますが、1年以内の期間については有効性が認められる場合が多く、2年を超える長期間に及ぶものについては無効と判断される可能性が高まります。

⑤競業を禁止する地域

 顧客や市場の確保といった利益の保護が競業避止の目的であるならば、競業禁止となるのは一定の地域内における同業他社への競業に限られるべきです。

 もっとも、営業秘密やノウハウの保護を目的としている場合には、地域を限定しても目的が達成されるわけではないため、この要件は緩和されると考えられます。

⑥代償措置の有無

 競業避止義務を課すことへの対価として、代償措置とみなされるものが存在するかどうかが考慮されます。

 代償措置の例としては、給与や賞与を高額に設定している、退職金を加算するなどが該当します。

 このような代償措置を一切施していない場合には、競業避止義務契約の有効性が否定される可能性があります。

競業避止義務違反への対応

 競業避止義務違反があった場合、使用者は当該労働者に対してどのような対応ができるでしょうか。

競業避止義務違反行為の差止め

 競業避止義務違反の行為をやめさせたい場合、まずは競業避止義務違反であることを指摘のうえ、競業避止義務違反行為をやめるよう交渉します。

 相手が応じない場合は競業行為の差止請求訴訟を提起することが考えられますが、初回の裁判までに1か月以上がかかるうえ、判決が出るまでには1年程度かかることも珍しくありません。

 そこで、競業避止義務違反行為については、必要に応じて競業避止義務違反行為の差止めの仮処分という保全処分を申し立てることも有効です。

 保全処分は、訴訟手続よりも簡易な手続のうえ、短時間で競業避止義務違反行為を差止めることができる手続で、通常は申し立ててから1か月程度で決定が出ることが多いです。

 もっとも、事業の差止めは相手方に重大な不利益を与えるため、差止めを認めてもらうためには、使用者側において競業行為が行われていることやそれによって損害を受けていることを疎明しなければなりません(疎明とは、確信というまでは至らずとも一応確からしいとの心証を裁判官に抱かせることをいいます。)。

 また、保全処分はあくまで仮の手続であるため、保全決定の後は速やかに訴訟手続を行うことが必要となります。

損害賠償請求

 競業避止義務違反行為により使用者側に損害が発生した場合、労働者に対して損害賠償を請求することが考えられます。

 損害賠償を請求する場合は、当該競業避止義務違反によって使用者側に損害が発生したことを主張し、かつ、その因果関係を証明しなければなりません。

 競業避止義務について合意がある場合は、債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)が可能です。また、合意がない場合であっても、競業避止義務違反の態様によっては不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)を行うことも考えられます。

 損害の範囲としては、労働者の競業避止義務違反によって失われた利益の範囲となりますが、主なものとしては競業避止義務違反がなければ得られるはずだった利益(逸失利益)があります。

 また、競業避止義務の合意をする際には、違約金条項を定めておくことも多くあります。違約金条項は、損害賠償額の予定であると推定され(民法420条3項)、別段の意思表示がない限り、債務不履行により生じた損害額について、その予定された金額とみなされます。

 もっとも、違約金を定める条項については、その金額が社会的に相当と認められる範囲を超えて著しく高額である場合には、公序良俗に反し無効であるとされることがあります。

退職金の減額・不支給

 退職者が競業に就くことを防ぐために、就業規則等で、同業他社に転職した者に対して退職金の減額・不支給などを規定することが考えられます。

 ただし、規定を定めたとしても、会社へのそれまでの貢献による功労を抹消してしまうほどの重大な損害を与えた場合や、労働者の行為により会社が社会的信用を損なった場合など、労働者に高い背信性がある場合のみ、減額・不支給が許容されると解されます。

懲戒処分

 在職中の労働者による競業避止義務違反行為については、就業規則違反や服務規律違反等を理由として、懲戒処分をすることが考えられます。

 なお懲戒処分を行う場合は、就業規則等で内容や条件などを定めておく必要があります。

 懲戒処分についての詳細は、こちらをご覧ください。

懲戒処分
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過去の裁判例

フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(奈良地裁昭和45年10月23日判決・判時624号78頁)

事件の概要

 X社は金属鋳造の際に使用する各種冶金副資材の製造販売を業としていました。X社の研究部に勤務していたY1及びY2(以下「Yら」といいます。)は、それぞれX社の重要極秘技術に関与し、技術知識を有する販売員として顧客とも接触していました。

 Yらは、「雇用契約存続中、終了後を問わず、業務上知り得た秘密を他に漏洩しないこと」、「雇用契約終了後満2年間X社と競業関係にある一切の企業に直接にも、間接にも関係しないこと」という内容の契約(以下「本件契約」といいます。)を締結しており、機密保持手当も支給されていました。

 しかし、Yらは相次いでX社を退職し、A社が設立されると同時に、A社の取締役に就任しました。A社の製品はX社の製品と競合し、実際にA社はX社の製品と対応する製品を試作し、X社の得意先等に対し取引を申し入れ販売活動を行っていました。

 X社は、Yらに対して、A社の事業はX社に在職している間に業務上知り得た技術的秘密に基づいていることは明白であるとして、Yらの行為の差止めを求めて提訴しました。

裁判所の判断

 X社は客観的に保護されるべき技術上の秘密を有しているといえ、また、Yらは、X社の技術的秘密を知り、知るべき地位にあったと言うことができる。

 そして、本件契約の制限期間は2年間という比較的短期間であり、制限の対象職種はX社の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであって、X社の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これはX社の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当がYらに支給されていたことから、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く、本件契約が無効ということはできない。

アサヒプリテック事件(福岡地裁平成19年10月5日判決・判タ1269号197頁)

事件の概要

 X社は神戸市内に本店を有し、歯科用合金スクラップ、電子材料、宝飾製造業からの排出屑を買い取り、貴金属の回収をするリサイクル業及び産業廃棄物の無害化処理等の環境保全事業を主たる目的としており、YはX社にて12年間勤務し、X社を退社後、歯科医院等から排出される歯科用合金スクラップの買取業に従事していました。

 しかし、YはX社に入社するに際し、「在職中の会社の全取引に対して、退社後3年以内は会社と同一又は類似の業務は致しません。上記各条項に反し万一会社に迷惑をかけたときは、その損害を賠償致します。」などと記載された誓約書を提出し、X社の就業規則改訂時には、「社員は、退職後2年以内の期間において、会社と同等の事業に直接又は間接を問わず従事してはならない」旨の競業避止条項が設けられていました。

 そこで、X社は、Yが入社時の誓約及びX社の就業規則に規定する退職後の競業避止条項に違反して、X社の顧客である歯科医院などから歯科用合金スクラップの買取りを行ったとして、Yに対して買取りの差止めと損害賠償を求めました。

裁判所の判断

 X社が競業避止条項を設けた目的は、YによってX社の顧客を奪われることを防止することにあるところ、本件の事情に照らすと、顧客情報等の秘密性に乏しく、X社がYに対し競業避止を求める利益は小さいと言わざるをえない。他方、競業避止の対象となる取引の範囲(種類、地域)は広範で、期間も長期に及び、競業避止条項により、Yの生存権、職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が大きいことが認められる。

 そして、Yは、X社において役職等を有しておらず、退職後、X社従業員に対し強い影響力を有する地位等にあったとはいえない。また、X社がYに対し競業避止に関する代替措置を講じた事実は認められない。

 以上のほか、一件記録から認められる諸般の事情を総合考慮しても、競業避止条項を設ける合理的事情は認められず、本件誓約書合意及び就業規則における競業避止条項は、公序良俗に違反し、無効である。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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