コラム

2024/01/29

獣医師の説明義務

はじめに

 獣医師や動物病院は、前回コラムで解説した獣医師法に基づいた義務以外にも、ペットの飼い主との診療契約に基づく義務も負うこととなります。

 本コラムでは、獣医師の説明義務について、名古屋高裁金沢支部平成17年5月30日判決の裁判例を引用しつつ解説いたします。

事案の概要

 この事案は、飼い犬のゴールデンレトリバーの左前足に生じた腫瘤を切除する手術に関し、動物病院側に説明義務違反があったとして、治療費や慰謝料等を求めた事案です。

準委任契約

 ペットの診療をする場合、獣医師または動物病院は、ペットの飼い主と診療契約を締結したことになります。診療契約は準委任契約(民法656条)に該当し、委任に関する規定が準用されます。そのため、獣医師または動物病院は、診療契約に基づく報告義務(民法645条)として飼い主に対して説明義務を負っていると解されます。説明義務を果たしていない場合、債務不履行責任を負うことになります。

 この点、事案で裁判所は「ペットは、財産権の客体というにとどまらず、飼い主の愛玩の対象となるものであるから、そのようなペットの治療契約を獣医師との間で締結する飼い主は、当該ペットにいかなる治療を受けさせるかにつき自己決定権を有するというべきであり、これを獣医師からみれば、飼い主がいかなる治療を選択するかにつき必要な情報を提供すべき義務があるというべきである。そして、説明義務として要求される説明の範囲は、飼い主がペットに当該治療方法を受けさせるか否かにつき熟慮し、決断することを援助するに足りるものでなければならず、具体的には、当該疾患の診断(病名、病状)、実施予定の治療方法の内容、その治療に伴う危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失、予後などに及ぶものというべきである。」と判断しました。このことから、獣医師や動物病院には、かなり広範囲に渡る説明責任が課されることになります。

 トラブルを避けるために、獣医師は以下のことを飼い主に説明しておくことが重要と言えます。

  • 病名
  • 検査の必要性の有無
  • 検査で生じ得る事象(リスク)
  • 検査で判明すること
  • 治療方法
  • 治療方法が複数の場合、それぞれのメリット・デメリット
  • 投薬する場合の副作用
  • 治療の予後

 また、ペットの体の負担が大きい手術などの治療を行う場合には、より飼い主にとって後悔のないように以下の事項を説明しておくと良いでしょう。

  • 手術の必要性
  • 手術の危険性
  • 代替の治療法・手術の有無
  • 手術の方法
  • 手術の料金
  • 手術の予後

公益社団法人日本獣医師会の「インフォームドコンセント徹底宣言」

 ペットが医療行為を受ける前に、獣医師から医療行為について、わかりやすく十分な説明を受け、飼い主が十分納得した上で医療行為に同意することを「インフォームドコンセント」といいます。

 公益社団法人日本獣医師会は、平成11年9月に、「インフォームドコンセント徹底宣言」を行い、以下のように定義づけました。

動物医療におけるインフォームド・コンセントとは、適正な医療サービスを提供することを目的として、獣医師と飼い主とのコミュニケーションを深め、診療に際し、 受診動物の病状および病態、検査や治療の方針・選択肢、予後、診療料金などについて、飼い主に対して十分説明を行ったうえで、飼い主の同意を得ながら治療等を行うことを意味します。

 ペットに対して、どのような治療を受けさせるかの最終決定権は飼い主にあり、獣医師による説明は、飼い主の自己決定権を全うするための前提情報となります。この情報が与えられずに適切な自己決定を行う機会を失った場合は、自己決定権の侵害となり、不法行為に基づく損害賠償の対象となります。

 事案では、犬が、既に老齢であったことや、今回の手術前に行った腫瘤の手術結果が思わしくなかったことから、飼い主は、犬についてできるだけ余生を平穏に過ごさせてやろうと考えていたこと、そのため、飼い主が、動物病院の獣医師から、本件腫瘤が悪性のものであり、手術にもかかわらず完治せず再発した場合には、断脚のほかに治療法がないことの説明を受けていれば、手術に同意することはなく、経過を観察しながらの保存的な治療を選択することになったものと認め、また、犬が手術を受けることなく、保存的な治療をした場合には、それほど長期の余命は期待できないものとしても、手術後1か月半程度で死亡することはなかったものと推認できると判断しました。そして、飼い主が、余命少ない犬に、大きな苦痛を与えることなく平穏な死を迎えさせてやりたいと考えることもごく自然な心情であって、犬の治療方法を選択するに当たっての自己決定権は十分尊重に値するとして、一人あたりの慰謝料を15万円が相当であると判断しました。

その他の裁判例

東京高裁平成19年9月27日判決

事件の概要

 飼い主である一審原告Xらが、飼い犬の卵巣子宮全摘出、下顎骨切除、乳腺腫瘍切除の手術について、獣医師および動物病院の経営者である一審被告Yらに対し、必要のない手術を施した上、飼い犬を死亡させたこと、その他、説明義務違反等を理由に不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。

裁判所の判断

「獣医師による手術にあたって、獣医師は、原則として、飼い主の意思に反する医療行為を飼い犬に対し行ってはならないのであって、獣医師は、飼い主が医療行為の内容、その危険性等を十分な理解をした上で意思決定ができるために必要な範囲の事柄を事前に説明することが必要であり、人間の生命が問題となる場合と飼い犬の生命が問題となる場合とでは、医師又は獣医師が負う説明義務について全く同一の基準が適用されるべきものではないにしても、一定の場合には、その説明の不履行が説明義務違反として飼い主に対し法的な責任を負担しなければならない場合があるものと解する。」と判示し、説明義務違反を認め、損害賠償請求を一部認容しました。

東京高裁平成20年9月26日判決

事件の概要

 被控訴人Xが、愛玩していた犬が免疫異常を原因とする脂肪織炎に罹患し、控訴人Y病院を受診したところ、適切な治療や説明を怠ったため、犬に後遺障害が残り、被控訴人に精神的苦痛を与えるとともに、経済的損害を与えたとして、不法行為及び債務不履行に基づき、損害賠償を求めた事案です。

裁判所の判断

 獣医師の説明義務について、「①飼い主の意向により診療内容が左右される面があるから、獣医師は、飼い主に対して、診療内容を決定するに当たり(特に高額の治療費を要する治療をするなどの場面においては)、その意向を確認する必要があるところ、意向確認の前提として、飼い主に対し、動物の病状、治療方針、予後、診療料金などについて説明する必要があるというべきである。また、②動物の生命、身体に軽微でない結果を発生させる可能性のある療法を実施する場合にも、飼い主の同意を得る必要があるところ、その前提として上記のような事柄について説明する必要がある。また、③副作用が生ずるおそれのある薬剤を投与するなどの場合には、悪しき結果が生ずることを避け、適切で的確な療養状況を確保するために説明義務(療養方法の指導としての説明義務)を負う。また、その他、飼い主の請求に応じ(民法645条参照)、診療経過や治療の結果について説明義務を負う。」と判示したものの、当該事案での説明義務違反は認めませんでした。

まとめ

 獣医師の説明義務は法的にも軽視できないため、飼い主から説明義務違反を指摘された場合には、速やかに弁護士に相談することをおすすめします。

弁護士 石堂 一仁

所属
大阪弁護士会
大阪弁護士会 財務委員会 副委員長(H29.4~)
大阪弁護士会 司法委員会(23条小委員会)
大阪弁護士会 弁護士業務改革委員会(ベンチャー法務プロジェクトチーム)
近畿弁護士会連合会 税務委員会 副委員長(H31.4~)
租税訴訟学会

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