コラム

2023/10/23

スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメント⑵

 スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントの問題は、比較的近年になってクローズアップされてきた問題であり、メディア等でも多く取り上げられています。

 前回コラム「スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメント ⑴ 」では、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントの背景や意義について解説いたしました。

 本コラムでは、スポーツ界におけるセクシャルハラスメントの相談窓口、判断基準及び法的責任について解説いたします。

スポーツ界におけるセクシャルハラスメントの相談窓口

 選手が、部活動、スポーツチーム等で指導者からセクシャルハラスメントを受けた場合、主な相談先としては、以下の窓口があります。ただし、窓口によって、相談の対象となる行為の内容、相談対象となる行為者の範囲、窓口の利用対象者が異なっておりますので、注意が必要です。

 詳しくは「スポーツ指導の場におけるパワーハラスメント⑵」をご参照ください。

セクシャルハラスメントの判断基準

 スポーツ指導の場において、セクシャルハラスメントに該当するかどうかの判断基準は,一般的な職場におけるセクシャルハラスメントの判断基準が参考にされています。

一般的な職場におけるセクシャルハラスメントの判断基準

 一般的な職場におけるセクシャルハラスメントの判断基準については、名古屋高裁金沢支部平成8年1月30日判決や、「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」が参考になります。

1 名古屋高裁金沢支部平成8年1月30日判決

 この裁判では、民事上の損害賠償責任(不法行為責任)に関し、以下のとおり、セクシャルハラスメントの違法性の判断基準を示しました。

行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまで関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法となる。

 上記裁判例によれば、主観的に意に反する性的言動がされたとしても、それが直ちに不法行為上違法と評価されるわけではなく、様々な要素を考慮して客観的に判断することを示しています。

2 改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について

 「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」では、セクシャルハラスメントの判断基準に関し、以下のとおり示されています。

「労働の意に反する性的な言動」及び「就業環境を害される」の判断においては、労働者の主観を重視しつつも、事業主の防止のための措置義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要である。具体的には、セクシュアルハラスメントが、男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当であること。ただし、労働者が明確に意に反することを示しているにもかかわらず、さらに行われる性的言動は職場におけるセクシュアルハラスメントと解され得るものである。

 上記「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」によれば、セクシャルハラスメントの判断においては、あくまで客観的に判断しなければならないことがわかります。

 ただし、ここでは「労働者の主観を重視しつつも」と明記されており、一定の客観性が必要とされつつも、被害者の主観も重視されていることがわかります。

スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントの判断基準

 先ほども述べましたとおり、スポーツ指導の場において、セクシャルハラスメントに該当するかどうかの判断基準は、一般的な職場におけるセクシャルハラスメントの判断基準(上記参照)が参考にされています。

 スポーツ指導の場においては、一般の職場と異なり、必要に応じて相手の身体に触れることが許容される場合がありうるため、行為そのもので線引きすることが困難です。もっとも、強い権力関係等が介在する場合は、相手がその言動を受け入れざるを得ず、結果的に不快や不利益を与えることもあるため、より注意が必要です。

法的責任

 スポーツ指導の場においてセクシャルハラスメントが行われた場合、加害者にはどのような法的責任があるかについて検討します。

刑事責任

 スポーツ指導の場においてセクシャルハラスメントが行われた場合、以下の刑事責任等を追及される可能性があります。

  • 暴行・脅迫等をはじめとする8類型を中心に、性行為につき同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態にさせる等して、わいせつな行為をした場合 不同意わいせつ罪(同176条)
  • 暴行・脅迫等をはじめとする8類型を中心に、性行為につき同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態にさせる等して、性交等をした場合 不同意性交等罪(刑法177条)
  • 性的な内容の誹謗中傷や侮辱的な発言をした場合 名誉棄損罪(同230条)、侮辱罪(同231条)
  • 未成年者に対してセクシャルハラスメントを行った場合 児童福祉法違反や青少年保護育成条例違反等

 この点、令和5年7月13日、「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が施行され、従来の強制わいせつ罪、準強制わいせつ罪は「不同意わいせつ罪」(176条)、強制性交等罪、準強制性交等罪は、「不同意性交等罪」(177条)として処罰されることになりました。

 上記改正により、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」という統一的な要件が設定され、上述のとおり、その状態のもとでわいせつ行為を行った場合には不同意わいせつ罪が、性交等を行った場合には不同意性交等罪が成立することになりました。

 そして、法務省は、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」の解釈に関し、「性犯罪関係の法改正等 Q&A」において、以下の見解を述べています。

  • 「同意しない意思を形成することが困難な状態」とは、性的行為をするかどうかを考えたり、決めたりするきっかけや能力が不足していて、性的行為をしない、したくないという意思を持つこと自体が難しい状態をいいます。
  • 「同意しない意思を表明することが困難な状態」とは、性的行為をしない、したくないという意思を持つことはできたものの、それを外部に表すことが難しい状態をいいます。
  • 「同意しない意思を全うすることが困難な状態」とは、性的行為をしない、したくないという意思を外部に表すことはできたものの、その意思のとおりになることが難しい状態をいいます。

 また、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪では、「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」の原因となり得る行為・事由として、以下の8つの類型が例示されています。

  1. 「暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと」
    「暴行」とは、人の身体に向けられた不法な有形力の行使をいい、「脅迫」とは、他人を畏怖させるような害悪の告知をいいます。
  2. 「心身の障害を生じさせること又はそれがあること」
    「心身の障害」とは、身体障害、知的障害、発達障害及び精神障害であり、一時的なものを含みます。
  3. 「アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること」
    「アルコール若しくは薬物」の「摂取」とは、飲酒や、薬物の投与・服用のことをいいます。
  4. 「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」
    「睡眠」とは、眠っていて意識が失われている状態をいい、「その他の意識が明瞭でない状態」とは、例えば、意識がもうろうとしているような、睡眠以外の原因で意識がはっきりしない状態をいいます。
  5. 「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」
    性的行為がされようとしていることに気付いてから、性的行為がされるまでの間に、その性的行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないことをいいます。
  6. 「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること」
    いわゆるフリーズの状態、つまり、予想外の又は予想を超える事態に直面したことから、自分の身に危害が加わると考え、極度に不安になったり、強く動揺して平静を失った状態をいいます。
  7. 「虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること」
    「虐待に起因する心理的反応」とは、虐待を受けたことによる、それを通常の出来事として受け入れたり、抵抗しても無駄だと考える心理状態や、虐待を目の当たりにしたことによる、恐怖心を抱いている状態などをいいます。
  8. 「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」
    「経済的……関係」とは、金銭その他の財産に関する関係を広く含み、「社会的関係」とは、家庭・会社・学校といった社会生活における関係を広く含みます。また、「不利益を憂慮」とは、自らやその親族等に不利益が及ぶことを不安に思うことをいいます。

    ※ ①から⑧までの行為・事由については、いずれもその程度は問いませんが、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪が成立するためには、これらの行為・事由により、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」になっていることが必要です。

 上記改正により、特に⑧の類型との関係で、スポーツ指導の場において、指導者が優越的な地位を利用し、選手等に対し、「性的行為に応じなければ試合に出場させない」等の不利益を告げ、「拒絶すれば不利益を被るのではないか」という気持ちから抵抗できない状態に陥らせたうえで、セクハラ行為に及んだ場合等には、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪に問われる可能性が高まったといえます。

民事責任

 民事責任を追求される場合、事案の多くは損害賠償責任となります。

 被害者側から加害者側に対する請求の法律構成は、概ね以下の3パターンが考えられます。

  • 加害者やその管理者(学校、団体や組織)に対しての不法行為責任や使用者責任
  • 選手との契約関係がある場合は、安全配慮義務違反としての債務不履行責任
  • 加害者が公立学校などの教員である場合、国家賠償法に基づく損害賠償責任

最後に

 スポーツ指導の場においては、相手に触れることが一般的とは言えない職場と異なり、必要に応じて相手の身体に触れることが許容される場合がありうるため、セクシャルハラスメントの該当性につき、行為そのもので線引きすることが困難です。このような特徴があるため、指導者においては、常に誤解を招かないような配慮が求められ、選手においても、セクシャルハラスメントを容認するのではなく、周りに相談することが大切です。

 問題や疑問に思っていることがあれば、ぜひご相談ください。

弁護士 有本 圭佑

所属
大阪弁護士会

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