事業承継における民事信託の活用事例:株式の信託契約
事業承継の際、民事信託を活用することにより、前経営者に権利を残しつつ段階的に後継者へ経営権を移転できるなど、柔軟な対応が可能となります。
ただ、民事信託については、いまだ理解が浸透しておらず、具体的にイメージしにくいという経営者の方も多くおられることと思います。
今回は具体的事例をもとに、事業承継における民事信託の活用方法をご紹介します。
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ご相談の概要
ご家族構成
- A氏(X社の経営者、62歳。次男に会社を継いでほしいと考えている)
- 次男(X社の従業員。将来会社を継ぐべき人と考えられている)
- 長男(家からは独立して別会社で会社員として活躍している。就業先はX社と同業の会社)
- 長女(家から独立して他県にて夫と子どもと居住している)
A氏はX社を経営していましたが、60歳を過ぎたあたりから体力の衰えを感じ、事業承継を検討し始めました。できればX社の従業員として働いている次男に後継者になってもらいたいと希望しており、次男自身も将来は自分が会社を継ぐものととらえている状況でした。
ただ具体的にはまだ何の手続きも行っていななかったため、今後どういった方法で事業承継を進めればよいか判断しかねておりました。
A氏のお悩み
A氏としては、将来は次男に会社を次いでもらいたい気持ちはあっても今すぐ譲ることには抵抗がありました。
A氏自身がまだ健在で判断能力も十分にありましたし、次男が経営者として適任かどうかが定かでなかったためです。もしも次男に経営者としての資質がなかったら、同業種の会社で活躍している長男に会社を任せてもよい、という思いもありました。
また、他方で、次男に会社を継がせた場合、長女へも遺産を相続させなければ不公平となるのではないか、との思いもありました。
解決方法
民事信託と遺言を組み合わせたスキームでの解決方法が考えられます。
民事信託のスキーム
- 委託者…X氏
- 受託者…次男
- 受益者…X氏
- 信託財産…会社株式
民事信託には委託者と受託者、受益者の3者が登場します。
事業承継の場合、委託者は「前経営者」、信託財産は通常「会社株式や事業用の財産」として受託者は後継者候補者、受益者は前経営者とするのが一般的です。このようなスキームを組むことにより、前経営者が後継者候補者へ株式を預けて経営に携わらせることができます。
前経営者に権利を留保できる
会社株式を後継者候補に委託すると、後継者候補者が議決権行使などを行います。
ただし前経営者に「指図権」を留保することにより、委託者である前経営者が具体的な議決権行使方法などを指示できます。
このように対応すれば、「今すぐ会社をすべて次男に継がせるのは不安がある。しばらくは自分も会社経営に携わりたい」というX氏の希望を叶えられます。
またX氏が受益者なので、株式の配当金はこれまで通り、X氏が受け取れます。
次男が不適任だったときの変更も可能
X氏は、「次男が経営者として適任かにわかに判断できない」不安を抱えていました。万が一の場合には長男へ後継者を変更したいとも考えていたのです。
民事信託の場合、いったん契約を締結しても解約権を留保しておくことにより、委託者が契約を解約できます。解約すればいったんは次男に委託した株式や事業用財産を取り戻し、別の人へ会社を継がせることも可能となります。
次男による会社経営の様子を見てから、適任か不適任か見極めたいというX氏の希望も叶えることができました。
株主名簿の書き換え
株式を信託財産とする場合、株主名簿の書き換えが必要です。譲渡制限会社の場合には株主総会における承認決議も経なければなりません。
遺言書の作成
X氏の長女、長男にも遺留分が認められるので、その点についても配慮が必要な状況でした。
民事信託を利用しても遺留分侵害額請求を止める効果はないので、別途の対応が必要となります。
そこで本件では、X氏において、遺言書を作成することとし、長男と長女にそれぞれ遺留分に相当する価額の遺産を遺すことにより、遺留分侵害額請求のトラブルを事前に避けることとしました。
遺留分の除外合意
なお遺留分対策方法としては、遺留分の除外合意も有効であると考えられています。
遺留分の除外合意とは、被相続人の生前に遺留分権利者が「会社株式などの一部の財産を遺留分の対象としない」と約束することです。
遺留分の除外合意を締結しておけば、X氏の死後に長女などが遺留分侵害額請求する懸念が解消されます。
なお、遺留分の除外合意を締結するには、状況にもよりますが、経済産業大臣の確認や家庭裁判所の許可等の手続きが必要となります。
弁護士 小西 憲太郎
- 所属
- 大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人財産管理アシストセンター 代表理事
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