コラム

2023/01/10

不貞行為における婚姻破綻関係の抗弁

 不貞行為(不倫)のはじまりに、「夫(妻)とうまくいっていない」であるとか、「妻(夫)とは近々離婚するつもりだ」といった言動がなされることが多々あります。実際の夫婦関係がどうであったかはともかく、そのような言動を信じて不貞行為が始まった場合、相手の配偶者から不法行為に基づく不貞慰謝料を払えと請求されても、素直に請求を受け入れることはなかなか難しいと思われます。

 このような場合、そもそも不貞行為の時点で婚姻関係は破綻していたのだから、不貞行為によって損害は生じないと反論する事も考えられます。こういった反論を「婚姻関係破綻の抗弁」と呼びます。

 本コラムでは、不貞行為と婚姻関係破綻の抗弁について解説いたします。

婚姻関係破綻の抗弁

 婚姻関係破綻の抗弁が最高裁で認められたのは下記の判例となります。

甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。

最高裁平成8年3月28日

 この最高裁の判断をきっかけとして、不貞慰謝料請求訴訟の被告側が婚姻関係の破綻の抗弁を主張することが珍しくなくなりました。しかし、実際の裁判ではよほどの事情がないかぎり、婚姻関係の破綻の抗弁が認められることはありません。

婚姻関係の破綻を認めない要素

 過去の裁判例からすれば、以下の事情は、婚姻関係が破綻した状態とはいえない代表的な要素となります。

  • 同居していたり、食事をともにしている
  • 冠婚葬祭などの親族との交流がある
  • 家族旅行をしたり、イベント(子どもの運動会など)に家族で参加している
  • 生活費を渡している、婚姻費用を支払っている
  • 性交渉がある
  • 離婚(別居)の話が出ていない
  • 離婚の合意がない(一方の配偶者だけが強固な離婚意思を有している)
  • 離婚届を相手に交付する、離婚調停の申立の準備をするなどの離婚に向けての具体的行動がない
  • 別居期間が長くない
  • 婚姻関係継続の意志がある

 しかしながら、婚姻関係が破綻していたかどうかの判断は、様々な事情を総合的に考慮して判断しますので、このような主張を行うか否かは、慎重に検討しなければなりません。

婚姻関係破綻の抗弁が認められなかった裁判例

東京地裁平成30年1月23日

 一般に夫婦が同居している事実は、 夫婦関係が破綻してないことを推認させる事実であり、 同居中に婚姻関係が破綻していることを主張立証するためには、同居の事実を考慮しても、婚姻関係が破綻していることを基礎付ける事実を主張立証しなければならない。この点について、Xは、妻が朝方までゲームやインターネットをして、朝起床せず、家事や長女の世話も怠っていた、改善を求めてもヒステリックとなり落ち着いて話しができなかった等と婚姻が破綻していたことを基礎付ける事実として主張し、Xの主張に沿う夫の証言部分もある。 しかしながら、妻と夫が同居し、夫の衣服を妻が洗濯していた…ことを踏まえれば、X主張の事実が仮に認められても、婚姻関係が破綻していたと断ずることはできない

神戸地裁明石支部平成30年10月25日

 Xは、妻と夫との婚姻関係が破綻していたことの根拠として、妻は専業主婦であったにもかかわらず、夫に対し、冷凍食品やレトルト食品、菓子パン等を食事に出したり、夫に家事をさせたりするなどしていたほか、その言動で、夫に強いストレスを与えていたなどと主張する。しかし、仮にそのような事実があったとしても、それらは、いずれも、夫が妻の態度や家事の仕方に不満を抱いていたり、妻との家庭生活にストレスを感じたりしていたということにとどまり、そのようなことは、基本的に、妻と夫との夫婦間で話し合うなどして解決すべき問題であり、そのことをもって、妻と夫との婚姻関係が破綻していたとはいえない。夫が、妻との夫婦関係について不満を抱いており、Xに対し、妻との夫婦関係について不満を述べ、仲が良くないと述べていたとしても、妻と夫との夫婦関係は、一方配偶者が第三者と不貞行為に及んでも保護に値しないほどに破綻していたとは認められないというべきである。

東京地裁平成30年5月25日

 Xは当時、夫と妻との婚姻関係が既に破たんしていたと主張する。…妻が、夫に対し繰り返し婚姻関係の清算を求めている旨を、XにLINEで送信していた事実が認められ、またXも本人尋問において、妻から、最初から夫が好きで結婚したわけではなく、30歳までに結婚したいという目標があったから結婚しただけであるとか、これまでに他の男性と不倫をし、実際に別居期間もあったなどといった話を聞いていた旨供述する。しかしながら、上記のLINEや妻の話は、あくまで妻とXとの間のやり取りにすぎず、Xに好意を抱いている妻が、夫との婚姻関係が必ずしも円満ではない旨を、誇張を交えて表現したものにすぎないと考えられるから、これをもって、当時の夫と妻との婚姻関係が破たんしていたと認めることはできない。

東京地裁平成29年12月25日

 夫と妻の間においては、以前、離婚話がされたことがあり、Xと妻が不貞関係となる平成26年には、夫が多忙で夫婦間の会話が少なかったほか、妻が借金を作って夫に隠れて風俗店で働き始めるなど、婚姻関係に影響を与えかねない事情が複数存在することも事実である。しかし、Xと妻の不貞関係が始まった当時において、夫と妻は 同居しており、時間のあるときには家族で出掛けるなどしていたことからすると、婚姻関係が破綻していたとまでは認めることができない。

東京地裁平成28年6月30日

 本件不貞行為開始より相当以前に、AからXに対し、離婚届への署名押印を求めたことはあったが、その際も、 Aは、署名押印に応じない Xにさらに離婚を求めることもなく、子らが小さいため婚姻を継続しようと考え、本件不貞行為発覚後まで、Xとの同居を継続するとともに、Xとの関わり合いを余儀なくされる本件会社における勤務を継続していたこと、仮にAにおいて、将来的にはXと離婚する意思を有していたものであるとしても、本件不貞行為開始以前に、XとAとの間において、離婚についての具体的な協議がされたことはなかったことなどの事情を踏まえると、本件不貞行為が開始された当時、XとAとの婚姻関係 が既に破綻していたとまで認めることはできない。

婚姻関係破綻の抗弁が認められた裁判例

東京地裁平成29年3月14日

 平成27年7月26日、妻は、長女を連れて〇市の実家に戻ることとなり、妻と夫との婚姻関係継続に支障が生じる状況となった。その後、前記認定事実のとおり、妻は、長女の住民票を上記実家の住所に移し、小学校の転校手続を行うなど、夫との離婚の意思を明確にし、夫自身も、同年8月頃、妻との離婚自体はやむを得ないものとしてこれを受け入れるに至っていることからすれば、遅くとも、同時点で夫と妻との婚姻関係は破綻したと認められる。

東京地裁平成28年10月28日

 夫は、平成12年ころからは外泊をすることが多くなり、平成20年3月ころからは全く妻宅に宿泊していなかったのであるから、妻と夫との婚姻関係は、形骸化が進行しており、夫が妻宅に全く宿泊しない状態が4年程度にわたって継続していた平成24年ころの時点においては、もはや修復が著しく困難な破綻状態に至っていたとみるべきである。 この点、これほどの長期間にわたって別居状態が継続することは、夫婦関係の維持又は継続において重大な支障となる事情であるから、夫が、日中に妻宅を訪問したり平成26年10月までは妻に生活費を渡したりしていたことなどを考慮しても、前記の認定が左右されるものではない。そうすると、仮に平成24年ころ以降にXが夫と肉体関係を持った事実があったとしても、それは妻の権利を侵害するものではないから、違法性を欠き不法行為とはならない。

まとめ

 不貞行為があったときには、既に婚姻関係が破綻していたという反論をされることは多く見受けられます。婚姻関係破綻の抗弁が認められることはあまり多くありませんが、場合によっては婚姻関係の破綻が認められる可能性もあります。

 婚姻関係の破綻の有無が争点となる場合には、関連事実を精査し、詳細に主張していく必要があります。

このような問題でお悩みの方は、ご相談ください。

弁護士 田中 彩

所属
大阪弁護士会

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