コラム

2022/11/21

不貞行為と損害の範囲

 不貞行為による慰謝料を請求する過程で、様々な費用を支払う場合があります。 例えば、証拠を確保するため、調査会社(探偵・興信所)を利用する場合です。また、弁護士に依頼する場合は、弁護士費用が必要となります。

 では、これらの費用を配偶者や不貞相手に請求することは可能なのでしょうか。本コラムでは、不貞行為と損害の範囲(調査費用や弁護士費用等)について、解説いたします。

調査費用の請求

 一般的に不貞行為は秘密裏に行われるものですので、証拠を掴むことは難しいものです。一方で、民事裁判である以上は、原告側に不貞行為の存在を主張・立証する責任が課されています。

 調査会社を利用した場合、不貞行為の証拠をつかめる可能性はありますが、費用だけでも数十万から数百万円かかるケースもあります。こういった費用は不貞行為がなければ不必要な支出であるので、不貞相手にその費用を請求したいと考えるのは最もだと思われます。

 この問題に関する裁判例は多くありますが、裁判所の下す判断は流動的であるといえます。不貞行為による損害賠償を請求するには、不貞行為との間で相当因果関係のある損害のみが賠償の対象となります。

調査費用の全額を認める裁判例

 調査費用の全額を損害として認めている裁判例は少ない傾向にあります。

 妻がA名義の賃貸借契約書を発見し、夫にAとの関係を問いただした際、夫は不貞関係を認めず、妻は夫とAとの不貞行為について調査を行わざるを得なかった。
 したがって調査費用相当額である37万2000円はAの不貞行為と相当因果関係があるものと認められる。

東京地裁平成28年2月16日

 妻は夫の行動からその不貞を疑ったが、夫がこれを否定したため、やむなく興信所に調査を依頼したものであり、その結果、Bがその相手方であることを突き止めることができたのであるから、そのために妻が興信所に支払った費用は、Bの不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。
 当事者間に争いのない事実によると、妻は、興信所にその費用として77万7600円を支払ったこと、調査は2日間にわたって行われていることが認められ、同額は不相当に高額であるとまではいえないから、Bは、妻に対し、その全額を賠償すべきである。

東京地裁平成28年11月30日

調査費用の一部を損害として認める裁判例

 調査費用の一部を認める裁判例では、調査会社に支払っている調査費用が極めて高額である場合に、損害と認める調査費用は一部となる傾向があります。

 妻は、夫の不貞行為を疑いつつ、その確証を得られず、また、不貞行為の相手方の特定手段も乏しかったものといえ、専門業者に夫の素行調査を依頼することには合理性があったと認めることができ、現に、本件調査会社において本件不貞行為が確認されたところである。
 他方、本件調査会社による調査結果に照らせば、夫とCは、かなり無警戒に本件不貞行為を継続していたといえ、本件調査会社による調査によらなければ本件不貞行為の確認ができなかったとまでは認められないこと、本件調査費用の原資には夫婦の生活費が含まれていること、本件不貞行為によりCが負担すべき慰謝料額等は200万円が相当と認められることなどの事情を総合すれば、本件調査費用189万円の全額が本件不貞行為との相当因果関係のある損害と認めることはできないというべきであり、同損害の額は20万円と認めるのが相当である。

東京地裁平成29年4月21日

 夫は、本件調査の費用として合計297万円を支払っているところ、本件調査を依頼する前に夫が取得したメール等の内容は、妻と「Dちゃん」との親密な関係をうかがわせるものではあるが、それのみにより直ちに性交渉を含む男女の関係の立証を行い得たものとは言い難く(なお、妻は、本件調査の結果を見せられなければ不貞関係は認めなかった旨を証言している。)、本件メール等のメールも平成24年当時に送信されたもののみであって、その後の関係継続の有無等を明らかにするものではない。
 また、本件メール等のうちアドレス帳には、「Dちゃん」の携帯電話番号、メールアドレス、生年月日等が登録された情報から直ちにDを特定し、権利行使をし得たものとも言い難い。以上のような本件事実関係の下においては、少なくとも本件調査の一部は、本件不貞行為の立証のために必要なものであったということができるところ、本件調査の内容、調査費用の額及び本件事案の内容等に鑑み、本件調査に要した費用297万円のつい60万円について、本件不貞行為と相当因果関係のある損害であると認める。

東京地裁平成28年6月30日

 夫は、調査会社に支払った調査費用129万6000円(消費税込み)についても本件の損害である旨主張する。そこで検討するに、本件訴訟におけるEの応訴内容からすると、調査会社による調査の必要性自体は否定できないが、調査結果は立証方法の一つにすぎないこと、夫は本件訴訟において書証として提出されている調査報告書にかかるもの以外にも複数回の調査を調査会社に依頼しており、調査の全てにつきその必要性があったか否かは明らかでないこと、調査内容は、基本的にはEの行動を調査して書面により夫に報告するというものであり、そこまで専門性の高い調査とはいえないことなどに照らすと、上記調査費用のうち、10万円について、Eの不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

東京地裁平成28年10月27日

調査費用の請求を否定する裁判例

 調査費用の請求を否定する裁判例の特徴としては、以下のものがあります。

  • 調査以前に別の証拠を有していた
  • 配偶者が不貞の事実を認めている
  • 調査の内容に特に専門性が認められない
  • 調査費用は証拠収集費用の一種であり、原則として当事者が負担すべきである
  • 不貞行為と調査費用との間の相当因果関係が認められない
  • 調査によって不貞行為の事実が判明しなかった

 妻は、その損害として興信所に依頼した夫及びFの素行調査の費用(115万9920円)を主張する。
 しかし、上記調査費用は証拠収集費用であるが、いかなる証拠収集方法を採用するかは専ら妻の判断によるものであること、妻は平成〇年〇月〇日の時点で夫とFとの不貞行為の存在を合理的に推認させるというべきカードキー、請求書領収書請求明細書等の証拠を入手していたにもかかわらず、更に興信所に調査をいらしていることに照らし、上記調査費用は夫とFとの不貞行為との相当因果関係を認めることができないものとういのが相当である。

東京地裁平成28年10月17日

 妻は、興信所に調査を依頼している、しかし、夫が答弁書においてGとの性交渉を認めていることに照らすと、本件においては、興信所の調査費用は必ずしも支出しなければならなかったとはいえない。
 よって、興信所の調査費用は本件不貞行為と相当因果関係があると認めるには足りない。

東京地裁平成29年5月24日

 いかなる方法、費用で証拠を収集するかは基本的には損害賠償請求をする者の判断によるものであり、また、本件における調査は、対象者を追尾してその行動を写真撮影するなどして記録するというものであり、特別な専門性が求められるものであるとはいえないことからすると、かかる調査費用が特に必要であったというような事情がない限り、調査費用を損害として認めることは相当でないと解する。

東京地裁平成31年1月11日

調査費用自体は損害と認めないものの慰謝料の増額事由とした裁判例

 不貞行為と調査費用に相当因果関係があるとは認めないが、慰謝料の額の算定にあたって考慮した裁判例も存在します。

 妻は慰謝料の他にも、調査会社に支払った調査費用相当額の賠償も求めているが、その出捐が妻の固有財産から支出されたものと認めるに足りる証拠がない上、その金額に照らすと、Hらの不貞行為との間の相当因果関係を肯定することは困難であり、結局、このような調査を行うに至った妻の心情等をもって、Hらが妻に対して支払うべき慰謝料の額の算定にあたっての考慮要素として捉えるのが相当である。

東京地裁平成28年9月29日

 妻は調査費用73万6032円をも損害として請求するが、調査費用は不貞関係の把握のために有効であることは確かであるとしても、一般に不貞行為という不法行為から生ずる費用とまでは言い難く、相当因果関係があるとは認めがたい。
 上記のような被告の不合理な弁解を繰り返す応訴態度からすると、調査結果がなければ一切の不貞行為を否認した可能性は少なくないと思慮されるが、…この点は慰謝料の算定において考慮すべき要素と解する。

東京地裁平成29年12月19日

治療費等の請求

 配偶者の不貞行為によって精神的苦痛を被った結果、メンタルクリニック等への通院を余儀なくされることもあります。裁判例の中には、病院への通院費や治療費を認めるものと認めないものがあります。

 しかし、一般的に不貞行為との相当因果関係を立証することは容易ではないので、治療費の賠償を求めることは難しいでしょう。

肯定する裁判例

 妻の心療内科への通院が、本件不貞を知ったことによることは明らかであるから、Jは、…治療費及び交通費の合計3万6320円を妻に対して賠償すべき義務を負うほか、妻が医師から長期の通院を要する旨伝えられていることを踏まえると、すくなくとも、将来1年間分の治療費として6万2263円を妻に対し支払うべき義務を負うと認められる。

東京地裁平成28年2月1日

否定する裁判例

 妻は、「三叉神経痛」「腸間膜脂肪織炎」で入通院したと認められるが、これらの症状がストレスから生じるかどうかについて必ずしも明確になっているとはいえず、三叉神経痛においては、本件暴露があった平成〇年〇月〇日より前から治療が始まっており、外科手術設けていることや、腸間膜脂肪織炎についても、抗生剤が使用されていることに加え、妻の年齢も考慮すると、歯科への受診を拒む妻の症状と本件暴露(その前提となる被告と夫の関係)との間に相当因果関係があるとは認められない。
 よって、診療費・入院費かかる費用は、本件と因果関係のある損害とは認められない。

東京地裁平成29年3月16日

 Kの不法行為は、平成27年2月26日ないし27日のことであり、夫が精神科を受診するまでの間に1年余りが経過していること、夫が精神科を受診したのは、妻と別居した直後のことであり、Kの不法行為も夫と妻の夫婦関係悪化の一員となったことが窺われるものの、同不法行為後の経過に照らし、主たる要因であるとまではいえないことからすると、夫のうつ病等の症状がKの不法行為に起因するということはできず、治療費、休業損害との間に相当因果関係があるとは認められない。

東京地裁平成29年9月26日

転居費用

 転居費用も治療費等と同じように、不貞慰謝料とは別の損害として賠償を求めることは難しいと思われます。

 夫は、L及び妻の不貞行為によって引っ越しをせざるを得なかったとして、引越し費用30万7400円も相当因果関係のある損害として主張している。
 しかしながら、L及び妻の不貞行為があったからといって必然的に夫が天京しなければならなくなるものとはいえず、L及び妻の不貞行為と夫の転居費用との間に相当因果関係があるとはいえない。

東京地裁平成28年8月30日

弁護士費用

 不貞慰謝料の損害賠償請求では、弁護士費用を請求することができます。しかし、勝訴した場合においても裁判所が認める弁護士費用は、慰謝料額の1割程度であることが多いです。

まとめ

 以上のとおり、不貞行為で認められる損害の範囲というものはあまり大きくありません。
 また、損害と不貞行為との相当因果関係があるのかないのかを判断することは非常に難しい問題です。
 不貞行為の問題については、お早めにご相談されることをおすすめいたします。

弁護士 田中 彩

所属
大阪弁護士会

この弁護士について詳しく見る