コラム

2022/09/26

知的財産権訴訟の手続と流れ ~著作権侵害訴訟を例として~

 当事務所では、特許法、商標法、著作権法、意匠法、不正競争防止法等が問題となる知的財産権訴訟について、幅広く取り扱っております。

 もっとも、知的財産権訴訟は専門性が強く、知的財産権の侵害を理由に訴えを提起する側(原告)訴えを提起された側(被告)、いずれにとっても、具体的なイメージが難しい側面を有しています。

 そこで、本コラムでは、著作権侵害訴訟を例として、知的財産権訴訟の手続と流れをご説明したいと思います。

著作権侵害訴訟の具体例

 まず、著作権法で保護される対象は「著作物」であり、著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいいます(著作権法2条1項1号)。そして、著作権は、著作物の創作と同時に、何らの手続を要しないで発生します(著作権法17条2項)。

 このように発生した著作権に関する訴訟を「著作権侵害訴訟」といい、その代表例は、著作権者が原告となり、著作権を侵害する者を被告として、侵害行為の差止めや損害賠償を請求する訴訟です。

 例えば、近時、報道されたものとして、次の事件が挙げられます。

金魚電話ボックス事件

日本経済新聞電子版 2021年8月27日 20:42 
美術作家の逆転勝訴確定 金魚電話ボックス訴訟

 金魚電話ボックス事件大阪高等裁判所令和元年(ネ)1735号)は、四方がアクリルガラスでできた電話ボックス様の水槽と、その内部に設置された公衆電話機様の造作と棚、水槽を満たす水、水の中に泳ぐ多数の金魚から構成される作品(原告作品)の作者が、奈良県大和郡山市に展示された作品(被告作品)について、自身の著作権等を侵害するものであると主張し、差止め、損害賠償等を求めた事案です。

 本事案に対し、大阪高等裁判所は、原告作品は著作権法で保護される「著作物」に該当するとした上、著作権侵害の成立を認めています。

タコの滑り台事件

読売新聞オンライン 2022年8月1日 15:27 
記事

 タコの滑り台事件知的財産高等裁判所令和3年(ネ)第10044号)は、タコの形状を模した滑り台(原告滑り台)の製作会社が、東久留米市及び足立区の公園に設置された滑り台(被告滑り台)について、自社の著作権を侵害するものであると主張し、損害賠償を求めた事案です。

 本事案に対し、知的財産高等裁判所は、そもそも、原告滑り台は著作権法で保護される「著作物」に該当しないとして、著作権侵害の成立を否定しています。

住宅地図事件

原告会社ニュースリリース 2022年5月30日 
リリース全文

 住宅地図事件東京地方裁判所令和元年(ワ)第26366号著作権侵害差止等請求事件)は、住宅地図の発行会社が、同社の作成及び販売に係る住宅地図(原告地図)をポスティング会社が無断で複製、頒布等する行為について、自社の著作権を侵害するものであると主張し、差止め、損害賠償等を求めた事案です。

 本事案に対し、東京地方裁判所は、原告地図は著作権法で保護される「著作物」に該当するとした上、著作権侵害の成立を認めています。

著作権侵害訴訟における「著作物性」

日常生活と著作権法の関わり

 上記事件が示すとおり、著作権侵害訴訟では、(電話ボックス、滑り台、住宅地図のように)私たちの身の回りにある物が、“争われる対象”として数多く登場し、これらが著作権法で保護されるか(「著作物」に該当するか)その利用行為が著作権を侵害するかについて、判断されています。

 その意味で、著作権侵害訴訟は、私たちの日常生活と馴染み深い訴訟ともいえます。

 他方、日々の生活を送る上で、身の回りにある物と著作権法との関わりを意識する場面は、少ないように思います。

 例えば、公園に設置されたタコの滑り台を見て、「この滑り台は、著作権法で保護される『著作物』だろうか。」と考えることは、まずありません。また、仮に考えた場合であっても、

・「何となくオリジナリティがあるため、著作権法で保護されるように思う。」

・「上手く言えないが、優れた印象があり、著作権法で保護されるように思う。」

と、的確な言語化が困難であり、どこか言葉が空転する感覚を覚えます。

アイデアとありふれた表現

 しかし、著作権侵害訴訟においては、まさにこの点を的確に言語化しなければなりません。

 なぜならば、著作権法で保護される対象は「著作物」に限られるため、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当しなければ、そもそも著作権侵害は成立しないからです。

 それゆえ、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当するかは、著作権侵害訴訟における極めて重要なポイントとなります。

 ここで、先述したとおり、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいいます(著作権法2条1項1号)。

 そのため、「アイデア」は「表現」でないため「著作物」に該当しませんし、「ありふれた表現」は「創作的」でないため「著作物」に該当しません。

 金魚電話ボックス事件大阪高等裁判所令和元年(ネ)1735号)の例でいえば、電話ボックスを水槽に見立てること自体は、(斬新ではあっても)「アイデア」に過ぎず「表現」でないため、著作物性を基礎づけません。また、外見が電話ボックスに酷似したものであることは、この点だけに着目すると、「ありふれた表現」であり「創作的」でないため、著作物性を基礎づけません。

著作権侵害訴訟の特色と難しさ(面白さ)

 このように考えていくと、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当するかを判断するためには、当該作品、製品等の特徴を具に観察し、的確に言語化する作業が必要となります。

 しかも、著作権は、行政庁(特許庁)による設定登録を経て発生する特許権や商標権と異なり、著作物の創作と同時に、何らの手続を要しないで発生します。そのため、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当するかについては、行政庁による判断が存在せず、訴訟に至るまでいわば「白紙」の状態です。

 したがって、著作権侵害訴訟における原告と被告は、どのような理由から、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当するか(該当しないか)について、前提となる行政庁の判断なしに独力で論証する必要があります。そして、後述する著作権侵害訴訟の審理のうち、第1ステージの侵害論においては、この点が苛烈に争われることも少なくありません。

 この点が、著作権侵害訴訟の特色と難しさ(面白さ)に繋がっているように思います。

訴訟手続の流れ

 次に、著作権侵害訴訟の訴訟手続の流れについて説明します。

 なお、以下では、訴訟手続で提出する書面の例として、東京地方裁判所知的財産部のウェブページに掲載された書式例へのリンクを設定していますので、ご参照ください。

訴状の提出と管轄

 著作権者が原告となり、著作権を侵害する者を被告として著作権侵害訴訟の手続をとる場合、原告においては、まず、裁判所に対して訴状を提出し、訴えを提起しなければなりません(民事訴訟法133条1項)。

 では、原告は、いずれの裁判所に訴状を提出し、訴えを提起すればよいでしょうか。この点が、「管轄」(複数の種類の裁判所間の事件分担の定め)の問題です。

 特に、著作権侵害訴訟の審理に関しては、専門的技術的知識やノウハウが必要であり、頻繁な法改正への対応も求められます。そのため、知的財産権に関する訴訟を扱う専門部(知財部)が設置された東京地方裁判所及び大阪地方裁判所における審理を実現すべく、第一審の管轄については次の特例が定められています。

⑴ プログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴えの場合

 ⑴の訴えの場合、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所において「のみ」、訴えを提起することができます。

 具体的には、民事訴訟法4条及び5条に基づき、東日本の地方裁判所に管轄権がある場合は、その訴えは東京地方裁判所の管轄に専属し、西日本の地方裁判所に管轄権がある場合は、その訴えは大阪地方裁判所の管轄に専属するとされています(民事訴訟法第6条)。

⑵ 著作者の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く。)、出版権又は著作隣接権に関する訴えの場合 

 ⑵の訴えの場合、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所において「も」、訴えを提起することができます。

 具体的には、民事訴訟法4条及び5条に基づき管轄権を有する地方裁判所に加え、両規定により東日本の地方裁判所が管轄権を有する場合は東京地方裁判所にも、西日本の地方裁判所が管轄権を有する場合は大阪地方裁判所にも、訴えを提起することが可能です(民事訴訟法第6条の2)。

訴状の提出から第1回口頭弁論期日まで

 原告が裁判所へ訴状を提出すると、裁判所において、訴状審査及び第1回口頭弁論期日の指定が行われた上、被告に対し、訴状並びに第1回口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状が送達されます。おおよその目安として、第1回口頭弁論期日は、原告の訴状提出日から1~2か月後の日が指定されています。

 そして、上記書面の送達を受けた被告は、答弁書催告状で指定された提出期限(第1回口頭弁論期日の約1週間前)までに、答弁書を提出します。

争点整理のための弁論準備手続

 第1回口頭弁論期日では、原告の訴状及び被告の答弁書を陳述した上、証拠の取調べが行われます。

 そして、当該事案における争点整理のため、以後の期日は、複数回にわたり弁論準備手続が指定され、原告・被告双方において主張立証を行います。

 なお、弁論準備手続期日は1~2か月の間隔で指定され、後述する侵害論(第1ステージ)の審理には6か月から1年程度、損害論(第2ステージ)の審理にも同程度の期間を要することが多いように思います。

二段階審理

 ここで、著作権侵害訴訟では、審理の効率化を図るため、他の知的財産権訴訟と同様、二段階審理侵害論と損害論の2つのステージ制による審理)が採用されています(下図参照)。

第1ステージ:侵害論

 先述したとおり、著作権侵害訴訟の代表例は、著作権者が原告となり、著作権を侵害する者を被告として、侵害行為の差止めや損害賠償を請求する訴訟です。

 ここで、差止め、損害賠償のいずれを請求する場合であっても、その要件として、

  1. 著作権侵害の成立(原告が著作権を有し、被告の行為が原告の著作権を侵害すること)

は必要不可欠です。

また、損害賠償を請求する場合には、①に加えて、

  1. 被告の故意又は過失
  2. 被告の行為による損害の発生

も要件として必要とされています。

 上記①~③の要件を念頭に置いた上で、著作権侵害訴訟では、第1ステージとして、①著作権侵害が成立するか否かの審理侵害論)が集中して行われます。そのため、原則として、第1回口頭弁論期日から侵害論の審理が終了するまでの間、③被告の行為による損害の発生について、詳細な主張を交わすことはありません。

 そして、第1ステージ(侵害論)の審理の結果、裁判所が「①著作権侵害不成立」との心証に至った場合、原告が差止めを請求していたときはもちろん、損害賠償を請求していたとしても、第2ステージ(損害論)の審理には進みません。

第2ステージ:損害論

 他方で、第1ステージ(侵害論)の審理の結果、裁判所において「①著作権侵害成立」との心証に至った場合で、原告が損害賠償を請求しているときは、第2ステージとして、③被告の行為により損害は発生したか否かの審理損害論)が集中して行われます。

 なお、第2ステージの損害論に移行後、第1ステージの侵害論に関する補充主張を行うことは、通常、想定されていません。

和解と第一審判決

 以上の二段階審理と並行して、裁判所からは、原告・被告双方に対して、和解による解決が打診されることが通常です。具体的には、第1ステージ(侵害論)の審理が概ね終了した時点、及び、第2ステージ(損害論)の審理が概ね終了した時点において、裁判所からは当該時点における心証が開示されるともに、和解案が提案されることが多いものと思います。

 具体的な和解条項は、当該事案毎に異なりますが、著作権侵害訴訟を含めた知的財産権訴訟における和解条項例は、東京地方裁判所知的財産部のウェブページに掲載された和解条項例が参考になります。

 そのうえで、和解による解決が困難となれば、口頭弁論が終結され、その後、第一審判決が言い渡されることになります。

 なお、第一審判決に対して不服のある当事者は、第一審の判決書の送達を受けた日から2週間以内であれば控訴を提起することが可能です。

まとめ

 このように、著作権侵害訴訟においては、二段階審理が採用されているため、第1ステージ(侵害論)及び第2ステージ(損害論)の時々において、適切なタイミングで十分な主張を行うことが最も重要です。

 特に、第1ステージである侵害論についていえば、先述のとおり、原告が問題とする作品、製品等が「著作物」に該当するか(該当しないか)に関しては、当該製品、作品等の特徴を具に観察し、的確に言語化する作業が必要不可欠です。

 以上、ご参考になりましたら幸いです。

小西法律事務所

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