コラム

2023/11/06

就業規則の不利益変更

 通常、使用者は、労働者と合意することなく、労働者の労働条件が不利益となるような就業規則の変更はできないとされています(労働契約法9条)。しかし、一定の場合には、就業規則の不利益変更も可能となります。

 本コラムでは、不利益変更の概要と注意事項、変更をする際のポイントを解説します。

労働契約法10条の適用範囲

 企業が事業を継続していく上で、労働条件を変更せざるを得ない場合は少なくありませんが、就業規則変更によって一方的に労働者にとって不利益となる労働条件に変更することは認められていません(労働契約法9条)。ここでいう労働条件の不利益変更とは、基本給の引き下げ、諸手当の廃止、残業代や休日、シフト時間の変更等、一度合意した労働条件を使用者が労働者にとって不利になるように変更することをいいます。

 就業規則の不利益変更には、原則として労働者との合意が必要です(労働契約法9条)。しかしながら、例外的に諸般の事情を考慮して、変更が合理的で、変更後の就業規則を周知した場合に限り、労働者との合意によらずに就業規則の不利益変更を行うことができます(労働契約法10条)。

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法9条

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労働契約法10条

変更後の就業規則の有効性

 労働契約法10条では、就業規則の変更が有効に認められるには、以下の2点が必要であると定められています。

  • 就業規則の変更が合理的なものであること
  • 変更後の就業規則を労働者に周知させること

変更が合理的であるとは

 上述のとおり、就業規則の不利益変更には、合理的な理由が認められる必要があります。合理的な理由が認められるか否かについては、個別具体的に判断されることになりますが、以下の要素を考慮して判断されると考えられます。

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • 代償措置・経過措置の有無
  • その他、同種事項に関する国内や同業他社の一般的状況等

労働者への周知

 労契法第10条に定められている「周知」について、裁判例では、「実質的にみて事業場の労働者集団に対して当該就業規則の内容を知りうる状態に置いていたことを要し、かつそれで足りると解するべきであ」るとされています(東京エムケイ事件 東京地裁平成29年5月15日判決労判1184号50頁)。

 すなわち、実際に個々の労働者が就業規則の内容を了知していたか否かは問わず、従業員が知ろうとすればいつでも就業規則の存在や内容を知ることができる状態にあれば良いと解されています。

 具体的には、以下のような周知方法が一例として挙げられます。

  • 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
  • 書面を労働者に交付すること
  • 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

過去の裁判例

秋北バス事件(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決 民集22巻13号3459頁)

事件の概要

 Y会社は従来、主任以上の従業員には定年制の適用がなかったところ、就業規則を変更して主任以上の従業員にも定年制を適用することとし、定年年齢を満55歳と定めました。この就業規則の変更に伴い、既に満55歳に達していた従業員に対し、退職を命ずる旨の解雇の通知をしたため、解雇された従業員が、同意していない就業規則の変更による効力は及ばないと主張して、解雇の無効を訴えて提訴しました。

裁判所の判断

 裁判所は、「新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。そして、新たな停年制の採用のごときについても、それが労働者にとつて不利益な変更といえるかどうかは暫くおき、その理を異にするものではない。」としたうえ、認定した事実を総合考較すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制定後直ちに同条項の適用によって解雇されることになる労働者に対する関係において、Y社がかような規定を設けたことをもつて、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、Xは、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない、と判断しました。

みちのく銀行事件(最高裁第一小法廷平成12年9月7日判決 民集54巻7号2075頁)

事件の概要

 Y銀行は、行員の約73%が加入する労働組合の同意を得たうえ、二度にわたる賃金制度の見直しをし、これに伴って、就業規則の変更を行いました。もっとも、就業規則の変更にあたり、少数組合の同意は得ていませんでした。この変更によって、行員であるXらは管理職の肩書を失うとともに、賃金が減額されることとなりました。Xらは、本件就業規則の変更は、同意をしていないXらには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求する訴えを起こしました。

裁判所の判断

 裁判所は、それまでの判例の趣旨に従い、「新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」としました。

 そのうえで、本件では、本件就業規則変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わり55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではなく、専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、Xらのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しないXらに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、Xらにその効力を及ぼすことができないというべきである、と判断しました。

第四銀行事件(最高裁判所第二小法廷平成9年2月28日判決 民集51巻2号705頁)

事件の概要

 Y銀行では、従来定年年齢を55歳と定めており、引き続き在職を必要と認める者については、55歳以降も3年を限度として賃金額を維持したまま再雇用を認める取扱いをしていました。しかし、従業員組合と県の要請を受け、定年年齢を55歳から60歳に延長した一方で、55歳以降の賃金と賞与を、年間ベースで54歳時の63%から67%に引き下げるよう就業規則を変更しました。なお、この就業規則の変更に先立ち、Y銀行は従業員の約90%で組織する労働組合との合意を経て労働協約を締結していました。労働組合の組合員ではない行員Xは、このような就業規則の不利益変更は無効であると主張して、変更前の就業規則に基づいて計算した賃金額と実際に55歳以降に受け取った賃金額の差額の支払を求めて提訴しました。

裁判所の判断

 裁判所は、本件就業規則の変更は、それによる実質的な不利益が大きく、55歳まで1年半に迫っていたXにとって、いささか酷な事態を生じさせたことは想像するに難くないが、諸事情を総合考慮するならば、なお、そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることができないものではない、と判断しました。

 また、不利益緩和のため、55歳を目前に控えており、本件定年制の実施によって最も現実的な不利益を受ける者のために、定年後在職制度も一定期間残存させ、55歳を迎える行員にいずれかを選択させるなどの経過措置を講ずることが望ましいことはいうまでもないものの、労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からして、原則的に、ある程度一律の定めとすることが要請され、また、本件就業規則の変更による不利益が、合理的な期待を損なうにとどまるものであり、法的には、既得権を奪うものと評価することまではできないことなどを考え合わせると、本件においては、このような経過措置がないからといって、前記判断を左右するとまではいえない、としました。

 そのうえで、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、Xに対しても効力を生ずるものというべきであると判断しました。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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