氏名を用いたブランド名の商標登録⑵ ~商標法4条1項8号改正による登録要件緩和へ~
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商標法4条1項8号のハードル
氏名を用いたブランド名の法的保護に関し、重要な動きがありました。
日本経済新聞電子版 2022年11月26日 10:13
氏名の商標「解禁」近づく 法改正の議論まとまる
氏名を用いたブランド名を法的に保護する方策としては、当該ブランド名を商標出願し、商標登録を受けることが考えられます。このような氏名を用いたブランド名の商標登録については、以前に、こちらのコラムで、マツキヨ知財高裁判決 (令和2年(行ケ)第10126号)を題材として解説しました。

上記コラムで触れたとおり、氏名を用いたブランド名の商標登録については、商標法4条1項8号が大きなハードルとなっています。
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
[略]八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
商標登録を受けることができない商標
現に、特許庁及び裁判所においては、この商標法4条1項8号を厳格に適用し、出願人自身の氏名の漢字表記やローマ字表記が含まれる商標であっても、登録を認めない判断が近時相次いでいたところです。

〈出典〉特許庁ウェブサイト・産業構造審議会知的財産分科会第9回商標制度小委員会(令和4年9月29日)配布資料3「他人の氏名を含む商標の登録要件緩和」5頁
このような状況下で、マツキヨ知財高裁判決が、「マツモトキヨシ」というフレーズを含む音商標について、商標法4条1項8号該当性を否定する判断を示したことは、大きな風穴を開けるものでした。
法改正による登録要件緩和へ
以上の経緯があった上で、令和4年12月、経済産業省所管の審議会である産業構造審議会は、「商標を活用したブランド戦略展開に向けた商標制度の見直しについて(案)」(以下「見直し案」といいます。)を公表しました。
この見直し案は、商標法4条1項8号の改正を含む内容であり、報道によると、早ければ令和5年の通常国会にて法改正が実現予定です。
では、いったい、どのような内容で商標法4条1項8号は改正されるのでしょうか。本コラム執筆時点で判明している情報をもとに解説いたします。
(1) 他人の「氏名」に一定の知名度を求める要件(他人側の要件)
商標法4条1項8号の趣旨は、人格的利益の保護にあるため、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名に係る人格的利益のバランスを調整する必要があります。そして、他人の「氏名」の知名度が高ければ、商標登録によって特定の商品・役務と当該氏名を結びつけられることによる弊害又は不利益は大きいものの、知名度が低ければ、その弊害又は不利益は小さいといえます。
そこで、見直し案では、商標法4条1項8号の改正にあたっては、他人側の要件として、他人の「氏名」に一定の知名度を求める要件を課す方向で検討されることになりました。
そのため、かかる改正がされた場合、当該商標が一定の知名度を有しない他人の「氏名」を含むとしても、拒絶理由には該当せず、商標登録を受けることが可能です。
(2) 出願人側の事情を考慮する要件(出願人側の要件)
他方で、商標に含まれる他人の「氏名」が一定の知名度を有しない場合であっても、当該氏名と無関係な人が、他人への嫌がらせや先取りして商標を買い取らせる目的で商標出願することを許せば、他人の氏名に係る人格的利益が侵害されます。このような事態は、商標法4条1項8号の上記趣旨に反するものです。
そこで、見直し案では、商標法4条1項8号の改正にあたり、出願人側の要件として、出願することの正当な理由等、出願人の事情が考慮する要件も盛り込むことにしています。この点は、次のとおり、(見直し案に先行する)産業構造審議会知的財産分科会第9回商標制度小委員会(令和4年9月29日)の配布資料で、分かりやすく整理されています。

〈出典〉特許庁ウェブサイト・産業構造審議会知的財産分科会第9回商標制度小委員会(令和4年9月29日)配布資料3「他人の氏名を含む商標の登録要件緩和」2頁
氏名を用いたブランドの新規立ち上げにとって追い風
見直し案が示した商標法4条1項8号の改正内容は、他人の氏名を含む商標の登録要件を緩和するものであり、改正が実現した場合には、氏名を用いたブランド名の商標登録にとって、大きな転換点となります。
特に、見直し案では、出願人側の知名度は要求されていません。そのため、ブランドを立ち上げたばかりで知名度を獲得していない事業者が、自己の氏名を用いたブランド名を商標出願した場合でも、①当該商標に含まれる他人の氏名が一定の知名度を有するものでなく、②出願することの正当な理由等があれば、商標登録が認められる可能性が高いものと考えます。
このように、現在、議論の進む商標法4条1項8号の改正は、デザイナー、創業者等の氏名を用いたブランドの新規立ち上げにとって追い風となり得るものです。
今後は、「他人の氏名」に課す一定の知名度の要件(求める知名度の程度や知名度の判断基準となる需要者の範囲)及び出願人側の事情を考慮する要件の詳細に関し、検討が進められる予定です。また進捗があり次第、コラムにて、改めてご紹介したいと思います。

弁護士 弁理士 片木 研司
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